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社会交通工学科 1年 金元 良平 |
一章 1.いんとろだくしょん 神奈川県の南東部に位置する三浦半島、特に横須賀にはかつて日本海軍の軍港や陸軍の砲台があった。軍事物資輸送の為に鉄道が必要とされ、明治22(1889)年6月に東海道本線大船駅から分岐する形で横須賀駅までの区間が開業した。これが現在のJR横須賀線である。 一方、昭和5(1930)年に黄金町(横浜市)〜浦賀間、金沢八景〜湘南逗子間で湘南電気鉄道が開通。太平洋戦争前には三浦半島に国鉄と私鉄の二路線が走るようになっていた。さらに開業翌年の12月には親会社である京浜電気鉄道(詳細は割愛、この時既に品川〜横浜間開通)と両社で黄金町〜横浜間を延長、接続を開始した。両路線の線路幅が異なっていたためすぐには直通運転できず、全線直通が開始されたのは2年後の昭和8(1933)年だった。この時はまだ京浜急行という名前は登場していない。 2.それから(終戦前) 横須賀線は昭和19(1944)年4月に横須賀から先、久里浜までの延長(海軍からの要請)が行われ、同線開通から55年後、現在の路線となる。 湘南電気鉄道は昭和16(1941)年11月に京浜電気鉄道に合併、さらに翌年の5月には京浜電気鉄道がその他私鉄と合併、いわゆる大東急の一路線となった。ちなみに大東急時代には堀ノ内〜久里浜間が開通している。 3.それから(終戦後) (※横須賀線についてはもう書くことがないのでここは全て京急の話) 昭和23(1948)年に大東急から分離、ここでようやく京浜急行電鉄が誕生する。 分離後も路線延長が進められ、久里浜〜野比〜津久井浜〜三浦海岸と昭和38(1963)年11月から3年かけて順々に開業し、12年後の昭和50(1975)年にやっと三崎口までの区間が開通する。 4.いまとこれから 三浦半島の中では両路線とも動きは無いが、全区間でみると利便性向上の為の計画や工事が継続中である。 横須賀線では南武線、東急東横線武蔵小杉との連絡駅が計画されている。また成田エクスプレス用の新型車の導入が既に決定。京急では京急蒲田駅付近の連続高架化工事の真っ最中。羽田空港の新国際ターミナル駅の建設も行われる予定だ。 二章 1.くらべてみよう さてここからがメインの話、横須賀線と京急線は全線にわたって競合し、ライバルの関係にある。普通ライバル同士の路線なら運行形態やサービスの面で違いが出るものだが何故かこの二路線、似ているところがあったりもする。それは以下の通り。
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